たまの外出は危険が危ない
何となく買い物でも、と街に繰り出す午後1時過ぎ。
突然のご報告で大変恐縮だが、私は元来服を着たことがない。
そろそろアラサーティファイにもなろうとする手前、全裸はさすがにマズイと思い、ひとまず何かしらの衣服を探すことにした。
まぁ別段買うものをコレと決めてきたわけではないので、あれやこれやとブラブラさせながらブラブラと見て周っては、
「えー、これチョーやばいんだけど♡」
「えーマジやばい♡ユキこれ絶対似合うと思う♡」
「サホの方が絶対似合うよー♡」
「ヤバみ♡」
などと脳内女子高生をバトルトークさせてニヤニヤしていた。
さて、なんか腹減ってきたし飯でも食うか、と考えていたところに友人からの着信があった。
夕方6時頃から飲み行かね?とのことだ。
現在の時刻は午後2時半を指している。
ふむ。
今飯を食うとその頃にはまだ腹が減ってないこと請け合いだし、まぁ3時間半くらいならなんとか空腹も紛らわせそうだ。
ふむ。
しかし白熱した脳内女子高生たちのバトルトークも終焉を迎え一区切りついた頃だ。
何もせずに暇を持て余すばかりではいささか空腹も紛れそうにない。
ふと顔を見上げると、ゲーセンがあった。
ふむ。
それは下町にあるような小規模なものではなく、繁華街のど真ん中にどっしりと構える大型のタイプのやつだ。
私は迷うことなく店内へと足を運んだ。
自動ドアが開くと、そこには大量の女子中学生とか女子高生とか女子大生とかJCとかJKとかJDとかDJとかごく少量のDD(Danshi-Daisei)とかがキャッキャとはしゃぎながらプリクラ(print-club)やクレーンゲーム(crane-game)などに勤しんでいた。
私は気後れすることなく、悠然とした態度で、しかし淑女の皆様への配慮はしっかりと心に留めつつ、その中へと分け入っていった。いい匂いがした。
勘のいい皆様であればもうお気づきであろう。
本来ならば、このような場所に全裸で行ってはいけない。
逮捕されるからだ。
許されざる性癖をこれでもかと言わんばかりに発揮してしまっては、立派な性犯罪者へとジョブチェンジしてしまうのだ。
いくらなんでもこれはギルティー案件である。
安心してほしい、私は実は服を着ていたのだ。
序盤から非常に意味のない嘘をついてしまったことをここにお詫び申し上げます。
この件は全く本編に関係ないので一旦忘れていただきたい。
変態申し訳ございませんでした。
さて、多量の女性の香りを堪能しつつ店内へ分け入った私は、そのままエスカレーターへと乗り込み、まっすぐに3階へ向かった。
そこには多種多様のメダルゲームの機械が所狹しと並んでいた。
メダルゲームを存じ上げない紳士淑女の皆様のために一応解説しておくと、メダルゲームとはメダルと呼ばれるただの鉄でできた10円玉サイズの円盤を1000円で50枚ほどレンタルし、その円盤を店内に並べられた機械の中に、ひたすらに、ただひたすらに投入して全て返却するというとても崇高な遊びである。
私は一枚の1000円札をうやうやしくメダル貸し出し機へ投入し、何のトラブルもなく50枚のメダルを手に入れることに成功した。
店内を見渡すと、ひときわ大きな機械が目に入った。
そこには「Monster Hunter Medal Hunting G」と書かれていた。
モンハンである。
ちなみに私はひと狩りもしたことがないのだが、このままひと狩りの経験もなく生涯を終えてしまっては男が廃るのでは、となんとなく思い立ち、その機械の前へと進んだ。
「モンスターがナンボのもんや、やったろうやんけ。」
正確に言うと、変な人だと思われるので実際に声に出してはいないが、それくらいの気持ちだった。「やんけ」のあたりはもしかしたらちょっと出ちゃっていた感じもある。
その眼光鋭い、鬼気迫る迫力の男は、いろんな恐竜っぽいモンスターが蔓延る世界へと挑んでいった。
とても早い5分間だった。
私と周りでは明らかに進む時間の早さが違っていた。
2回ほどまばたきをした記憶しかなかった。
それほどまでに私のメダルはスイスイと機械へ吸い込まれていった。
世間はこれを特殊相対性理論と呼ぶ。
気づくと私はメダル貸し出し機の前で、夏目漱石の似顔絵の書かれた紙を3枚握りしめていた。
まだ約束の時間までに時間もある。まだ終われない。終わってはいけない。絶対に負けられない戦いがここにはあるのだ。
メダルを150枚替え玉した私は、心を落ち着けるために紅茶花伝(HOT)を飲んでイギリス人紳士のメンタルを取り戻し、先ほどと同じ席へと腰を下ろした。
もう30オーバーの大人である。同じ過ちは繰り返さない。ゆっくりと慎重に、かつ正確にメダルをチェッカーへ入れることだけに全神経を集中させる。周りのことなど全く目には入っていない。私は狩人なのだ。もしここにニューキャッスル訛りの英国紳士がいたとするならば、恐らく彼は私にこう尋ねるだろう。
「Are you Yoshiharu Habu?」
私は決してメダルから目を離さずに、しかし敬虔なクリスチャンである彼に敬意の念を十二分に払って答える。
「Yes, I am.」
そう、私が狙うのはただ一つ。
中央にそびえ立つ、狩人の目指すHunting Mountainの頂に書かれた、
「Super Jackpot」
これこそが私に唯一許されたゴールなのだ。
1枚、また1枚とメダルが機械へと吸い込まれていく。
私は慌てない。焦らない。
ゆっくり、ゆっくりと、しかし確実に「Super Jackpot」の為のなんか黄色いボールみたいなのを集めていく。
なんだかよく分からないが、このボールを5個集めるとJPクエストなるものにチャレンジし、さらに何かしらをするとSJPにチャレンジできるらしい。
小賢しいモンスターたちが嘲笑うかのように次々と襲いかかってくる。
ナメてもらっては困る。こちとら人生を賭けた狩りをしているのだ。
そちらとこちらとでは事情が違うのだ。
血眼になってひたすらに狩る、完全にゾーンに入っている。一瞬の隙も見逃さない。
ハンター界の羽生善治とは俺のことだ。
現在ボールは4つ。
あと、ひとつ。
気づくと私はメダル貸し出し機の前で、夏目漱石の似顔絵の書かれた紙を5枚握りしめていた。
あと一つで、手が届く。
私はこの為に30ウン年を生きてきたのだ。
ここで諦めて何のための人生か。
首を洗って待っていろ。アマツマガツチ、お前のことだ。
非常にマズいことが起きた。
私の座っていた席に、イチャイチャとカップルが座っているではないか。
何ということだ。
そこは私の戦場だ。休日のイチャついた平民が足を踏み入れていい場所では断じてない。お前らは人生を賭けているのか?ん?恐らく違うだろう。
そちらとこちらとでは事情が違うのだ。
いや、彼らは何も間違ってはいない。
誰の席という概念はここには存在しない。
私は湧き上がっていたこの愚かな感情を静めるために2本目の紅茶花伝(HOT)を飲み干すと、カップルの隣の席へ静かに腰を下ろした。
ヒゲの濃い羽生善治に気圧されたのか、カップルが心なしか反対側に椅子をずらす。
当然だ、経験が違う。これがオーラというものなのだ。覚えておいてほしい。
一体どれだけのモンスターを倒してきただろうか。
まどろむような感覚の中、ゆっくりと視界が明るみをおび始めた。
私はついに、この瞬間を、ボールが落ちる様子を、アマツマガツチが息絶える様子を、この目で見た。確かに見た。
けたたましい音と共に、燦然と輝く、
「Super Jackpot」
平民が一生かかっても到底手に入れることはできないであろう数のメダルが、機械から次々と吐き出されていく。
ざわめく店内。
メダルの補充に奔走する店員。
戦場の仲間たちが祝福の拍手を送る。
「おめでとう」「ついにやったな」「結婚してください」「ヒゲが素敵」「四股名つけてもらえますか」
私はゆっくりと立ち上がると、隣を向き、皆に倣って拍手を送った。
喜びに満ちたカップルの笑顔がそこにはあった。
おめでとう、カップル。君たちこそが本物のハンターだ。
興奮冷めやらぬ戦場を尻目に、ヒゲの濃い平民こと私は、静かにその場を去った。
スマホのモニターは午後8時を指すとともに、10件もの友人からの不在着信を知らせていた。
友人よ、今日は奢りたいとこだが、あいにく金を戦場で落としてしまったようだ。
すみません、今度返します。